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タブラよ、軽くなりたまえ。

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怒りの受け止め方。

ファミレスで隣のテーブル(見ず知らずの男性二人組)の会話をなんとなく聞いていたら、ちょっと思うことがあったので以前mixiに書いた文章を載せておきます。

忘れないようにちょっとメモ。

「怒られた内容」よりも「怒られた事実」を全力で気にする人は、とっさに怒られたことを無効にしたいと考える。すると出てくるのは「言い訳」「不公平感」だ。

言い訳は「だって」「でも」といった接続詞の反射的使用がまずあって、それから自分の正当性を探し始める。

不公平感は「そう言う自分も」とか「他にもいるのになんで自分だけ」という方向性で相対的に自分の非を薄めようとする。

どちらにしても内容そのものを受け止めはしない。だからその人の中では「あの時怒られた」という記憶だけが残る。

そのテーブルでは一方の人がもう一方の人に怒っていました。感情的にではなく、俺は怒っているんだぞ、納得していないんだぞ、という意思表示として怒って見せているようでした。罵詈雑言を浴びせることはせず、一貫して「あの時の言葉はどういうことなのか説明してくれ」という問いを投げかけていました。

それに対し怒られている側の人は、何も答えていませんでした。うつむいて黙り、ただただ嵐が過ぎるのを待っているようでした。怒っている人が「じゃあこういう意味だったのか」と訊くと「いや」と否定はします。しかし彼自身の回答は出てきません。彼はいかに責任を回避するか、いかにこの場をやり過ごすかを考え、落ち込んだり反省したりの態度を見せることで情状酌量を狙っているのだと想像しました。そしてその想像はそれほど外れていないと思います。

怒っている人が望んでいるのは反省の「態度」ではなく、問いへの回答でしょう。釈明があれば聞きたいとも言っていました。ここでこの「釈明」を「言い訳」と取り違えてはいけないと思います。釈明は事実誤認を訂正したり解釈の違いを説明したりすることで、言い訳は事実を事実と認めたうえで原因を自分以外の何かに求めることだと思います。釈明ができないということは相手の話を事実と認めており、しかし言い訳はみっともないからしたくないし、かと言って自分の非を認めて責任を追及されたくもない。八方塞、そして沈黙――。

怒っている人の望みは彼の心に届きません。
彼は自分を守るのに精いっぱいなのです。

ううむ、では怒られている人はどうすればいいのでしょう?
自分に非があるかないかにかかわらず、自分の考えを誠実に答えるしかないのでしょうね。理不尽な怒りだと感じたら理不尽だと抗議し、悪いと思ったら謝る。しかも冷静に(!)。

では怒っている人はどうすればいいのでしょう?

埒があかないから諦める?
「もういいよ」と諦めて終息したら相手は忘れてしまうかもしれません。同じことでもう一度怒ったら「済んだことをまた持ち出して・・・」と思われるかもしれません。

そもそも怒らずにやさしく諭せばよかった? 
「怒ってないからいいや」と問題を軽く見られてスルーされるかもしれません。

こっちは策が思いつきません・・・。実際に同じ状況になったら怒るとは思います。でもあんまり怒ったことないんですよね・・・。逆ギレも怖い。本当にどうしたらいいんでしょう。どなたか妙案があればご教示ください。。

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  • あっちゃん

    イガラシさんは、何のために怒るんですか?

    私の尊敬する方が、叱ってる時は、相手の全てを許して受け入れている、と仰っています。
    深すぎて私にはまだ分かりませんが、冷静に、愛を持って、叱ってくださってる、というのは、びんびんに感じます。

    • polisan

      いただいたコメントで気づいたのですが「怒る」より「叱る」が正確ですね。ありがとうございます。私が「怒る」のは自分が傷つけられたりして強く抗議するようなケースでしょうか。

      叱るときに相手のすべてを許して受け入れるというのはすごいですね。いつかその境地に達せられるでしょうか。。

  • アズキマメ

    お久しぶりのアズキマメ こと おくざわです。
    子供が寝ている間に久しぶりのネット・・・。

    なんとなく、心に響いたのでコメントします。

    「怒る」と「叱る」では違うと思うのですが、
    本文どおり「怒る」について考えると

    怒られたときは、私もイッセイさんの仰るとおり
    理不尽な怒りであれ、正当な怒りであれ
    誠実に受け止めて自分の気持ちを話すのが
    いいと思います。

    悪いと思ったら謝ればいいし
    悪くないと思ったらその理由を話せばいいと思う。
    相手が自分の言動を取り違えての怒りであれば
    釈明すれば良いし。

    怒るときですが、
    うまい怒り方っていうのは、正解がない気がします。

    怒りを一度自分の中で消化してから
    感情をまじえることなく理論的に話せれば
    ぶつからなくてすむのかなぁと思うのですが
    それでも逆切れする人はいるからなぁ。

    怒りの表現をうまくできたときというのは
    受け止めてくれる相手がうまく受け止めてくれただけで
    怒りそのものの表現方法は関係ないのかも、と思ったり。

    叱る、というのは・・・
    叱る人が正しい事を教える行為だと思うので
    そこに怒りの感情がないような気がするのですよね。

    怒りをうまくコントロールできる人間になりたいものです。(全然できてませんが・・・笑)

    怒るというのは「リアクション」で叱るというのは「アクション」
    本文どおり

    • polisan

      おお、お久しぶりです!
      怒りにうまい表現方法はなくて、うまい受け止め方だけがあるってなるほどです。怒っていることが相手に伝われば、あとは相手次第というのも一つの考え方かもしれませんね。

  • アズキマメ

    先ほどのコメント、すっごく長くなってて
    自分でもびびった(笑)

    あと後半、下書き消し忘れててびびった(笑)

    すみませんでした。


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